傷病手当金を受け取りながら働いている中で、老齢厚生年金の受給時期が近づくと、両方を同時にもらえるのか気になる人は少なくありません。
実は、在職中に生じる年金の調整と、退職後に生じる調整とでは、関わってくる制度そのものが異なります。
本記事では、傷病手当金の基本的なしくみを踏まえたうえで、在職老齢年金による年金の調整と、傷病手当金と老齢年金の併給調整という2つの論点を整理して解説します。
60代前半で働きながら傷病手当金を受け取るケースや、退職して継続給付を受ける場合との違いについても取り上げます。
自分の状況がどちらに当てはまりそうか確認する際の参考にしてください。

傷病手当金をもらいながら、老齢厚生年金も同時にもらえるのかな?

年金がもらえる年齢になったら、傷病手当金が減らされたり止まったりしないか心配…
本記事では上記の疑問やお悩みなどにお応えします。
- 在職中に生じる年金の調整と退職後の調整、両者の違い
- 傷病手当金の支給要件・支給額・支給期間の基本
- 在職老齢年金で年金が調整されるしくみの考え方
- 傷病手当金と老齢年金の併給調整が起こる場合の整理
- 60代前半で働きながら受給する際に注意したいポイント
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傷病手当金と老齢厚生年金は同時にもらえる?結論を先に
結論として、傷病手当金と老齢厚生年金が「同時に」問題になる調整には、性質の異なる2つの制度が関わっています。
1つは、厚生年金に加入して働きながら老齢厚生年金を受け取る場合に生じる「在職老齢年金」による年金額の調整です。
もう1つは、傷病手当金の受給者が同一の傷病等で老齢年金の支給を受けるときに生じる、年金優先の「併給調整」です(健康保険法第108条第3項〜第5項)。
在職老齢年金による調整は、傷病手当金を受け取っているかどうかに関わらず、報酬と年金額の組み合わせによって生じるものです。
一方、併給調整は傷病手当金と老齢年金という2つの給付が重なる場面で生じるものであり、在職中の被保険者と、退職して資格喪失後に継続給付を受ける人とで、条文の適用範囲がどこまで異なるのかは、公開されている資料だけでは明確に読み取れない部分があります。
そのため、実際に自分のケースがどちらの調整に当てはまるのかは、加入している健康保険の窓口や年金事務所に確認しておくと安心です。
言い換えると、「在職中だから傷病手当金と老齢厚生年金を同時に満額受け取れる」と単純に判断するのではなく、在職老齢年金による年金の調整と、併給調整という2つの制度を、それぞれ別に確認しておくことが大切です。

そもそも傷病手当金とはどんな制度か
傷病手当金は、健康保険の被保険者が業務外の病気やケガによって働けなくなったときに支給される制度です。
働けなくなった日から数えて3日間の待期期間を経過した日から、働けない期間について支給されます。
支給要件と待期3日
待期3日は連続して3日間休んだ場合に成立します。この3日間には、有給休暇や土日などの公休日も含めて数えられます。
4日目以降、実際に働けなかった日について傷病手当金の支給対象になります。
業務外の病気やケガが対象
傷病手当金の対象になるのは、業務外の事由による病気やケガです。通勤災害や業務上の病気・ケガは労災保険の対象になるため、傷病手当金とは別の制度で扱われます。
支給額の計算方法
支給額は、1日につき、直近12か月の標準報酬月額を平均した額の30分の1に相当する額の3分の2とされています。
被保険者期間が12か月に満たない人は、自分の標準報酬月額の平均額と、加入している保険者の全被保険者の標準報酬月額の平均額のいずれか低い額をもとに計算します。
支給期間は通算1年6か月
支給期間は、同一の傷病について支給を始めた日から通算して1年6か月を超えない範囲とされています(健康保険法第99条第4項)。
参考として、実際の支給期間には幅があり、協会けんぽの調査では平均で約165日程度、90日以内で終了する人が半数近くを占めるという結果も出ています。
申請に必要な書類
傷病手当金の支給申請には、健康保険傷病手当金支給申請書に加えて、事業主の証明や医師の意見書などが必要になる場合があります。申請先は、加入している健康保険組合や協会けんぽの都道府県支部です。

在職老齢年金による老齢厚生年金の調整
在職老齢年金は、厚生年金保険に加入しながら老齢厚生年金を受け取る60歳以上の人が対象になる制度です。
70歳未満で厚生年金保険の適用事業所に勤務して加入した場合や、70歳以上で適用事業所に勤務する場合も対象に含まれます。
在職老齢年金の対象者
対象になるのは、老齢厚生年金の受給権があり、かつ厚生年金保険の被保険者として働いている人です。
老齢基礎年金は在職老齢年金の対象に含まれず、調整の対象になるのは老齢厚生年金の部分です。
60歳前後で変わる働き方への影響
在職老齢年金は60歳以上の老齢厚生年金受給者が対象になるため、60歳未満で傷病手当金を受け取っている間は、在職老齢年金による調整そのものが生じません。60歳以降に厚生年金に加入して働きながら老齢厚生年金を受け取る場合に、はじめてこの調整を意識する必要が出てきます。
支給停止基準額と計算式
老齢厚生年金の基本月額と、給与・賞与から算出した総報酬月額相当額の合計が、支給停止基準額(令和8年4月から65万円)を超える場合、超えた額の2分の1に相当する年金が支給停止になります。
計算式は「基本月額-(基本月額+総報酬月額相当額-65万円)÷2」で表され、基準額は毎年度、賃金の変動に応じて改定されるとされています。
この調整は傷病手当金を受け取っているかどうかとは関係なく、働き方と報酬額によって生じるものである点に注意が必要です。
なお、支給停止の対象になるのはあくまで老齢厚生年金であり、傷病手当金や医療保険の給付内容そのものが変わるわけではありません。

傷病手当金と老齢年金の併給調整のしくみ
健康保険法第108条第3項から第5項では、傷病手当金の支給を受けるべき者が、同一の疾病または負傷等により障害年金・障害手当金の支給を受けるとき、または老齢年金の支給を受けるときは、年金が優先されるとされています。
この場合、傷病手当金は原則として支給されず、老齢年金の額が傷病手当金の額に満たないときに限り、その差額が支給される取り扱いになる場合があります。
たとえば、傷病手当金を受け取っている人が、同じ時期にすでに老齢厚生年金の受給権を得ていた場合には、老齢年金が優先され、傷病手当金は原則として支給されない扱いになる場合があります。逆に、傷病手当金の受給を終えた後に老齢年金の請求手続きを行うようなケースでは、調整の対象となる期間が重ならないこともあります。
障害年金との調整ルールとの違い
障害年金・障害手当金との調整は「同一の傷病等による」ものであることが条文上の要件として明記されていますが、老齢年金との調整についても同じ要件がどこまで及ぶのかは、資料によって読み取り方が分かれる部分です。
この点を厳密に判断したい場合は、条文の原文や加入している健康保険の窓口に確認することをおすすめします。
差額支給の考え方
実務上、老齢年金の年額を360で割った額を年金の日額とみなし、傷病手当金の日額と比較して、傷病手当金の方が上回る場合にその差額が支給されるという考え方が用いられているとされています。
いずれにしても、年金が優先されるという原則そのものは変わらないため、老齢年金を受け取りながら満額の傷病手当金も受け取れると考えるのは避けたほうがよいといえます。
在職中の被保険者にも適用されるのか
条文の文言だけを見ると、傷病手当金の支給を受けるべき者が老齢年金を受け取るときに調整が生じるとされており、在職中の被保険者と、退職して資格喪失後に継続給付を受ける人とを明確に区別してはいません。
そのため、在職しながら傷病手当金と老齢厚生年金の両方に関わる状況にある人も、条文上は併給調整の対象から一律に除外されているとは言い切れません。
実際にどこまで調整されるのかを正確に知りたい場合は、加入している健康保険や年金事務所に、自分の被保険者資格の状況とあわせて確認するのが確実です。
- 在職老齢年金:厚生年金に加入して働きながら老齢厚生年金を受け取る場合に、報酬と年金額に応じて年金自体が調整される
- 併給調整(健康保険法108条):傷病手当金の受給者が同一の傷病等で老齢年金を受け取るとき、年金が優先され傷病手当金が調整される場合がある
- どちらに該当するかは、在職中か退職後かだけでなく、傷病の内容や年金の種類によっても変わる場合がある
在職しながら受給する場合に注意したいポイント
60代前半で厚生年金に加入して働きながら傷病手当金を受け取る場合、在職老齢年金による年金の調整と、傷病手当金の受給とを別々に考える必要があります。
たとえば、老齢厚生年金の基本月額と総報酬月額相当額の合計が支給停止基準額を超えていれば、傷病手当金の有無にかかわらず年金の一部が支給停止になる場合があります。
そのうえで、同一の傷病等を理由に老齢年金を受け取っていると判断されると、傷病手当金側にも併給調整が生じる可能性がある、という二重の視点を持っておくことが大切です。
遡って年金が決定した場合の返納リスク
傷病手当金を受給した後に、さかのぼって老齢年金の受給権が決定するケースもあります。
この場合、本来調整されるべきだった期間の傷病手当金が過払いとなり、返納を求められることがあります。
実際に、協会けんぽの令和元年度の実績では、老齢年金に関する過払い債権が2,956件(約2.9億円)、障害年金に関する過払い債権が5,001件(約15.8億円)にのぼったとされています。
年金の受給状況は、マイナンバー情報連携によって申請者からの書類提出がなくても確認できる仕組みが整えられていますが、傷病手当金の傷病と障害年金の傷病が同一かどうかまでは確認できないとされているため、思わぬタイミングで調整が発覚することもあります。


退職して資格喪失後に継続給付を受ける場合との違い
傷病手当金は、退職して被保険者資格を喪失した後も、一定の要件を満たせば継続して受け取れる制度が設けられています。
この資格喪失後の継続給付についても、老齢年金を受け取っている場合は同じ併給調整の考え方が関わってきます。
資格喪失後の継続給付は維持される方針
継続給付を廃止すると、退職を余儀なくされた人への給付が資格喪失と同時に打ち切られてしまうことになります。
退職後も一定の所得保障は必要だという考え方から、労働者保護の観点でこの制度を維持する方向性が示されています。
在職継続と退職、どちらが有利か考える視点
在職を続ける場合は、在職老齢年金による年金の調整が中心になりやすく、傷病手当金と老齢年金の併給調整がどこまで及ぶかは状況によって異なります。
退職して継続給付を受ける場合は、同一の傷病等で老齢年金を受け取っていると、年金が優先されて傷病手当金側が調整される可能性が高くなるとされています。
どちらが手取りとして有利かは、報酬額や年金額、傷病の内容によって変わるため、一概にどちらが得とはいえない点に注意が必要です。
手取りを比較する際に見ておきたい項目
在職を続ける場合は、給与に傷病手当金や老齢厚生年金を合わせた金額から、支給停止された年金額を差し引いて考える必要があります。
退職する場合は、給与がなくなる代わりに、継続給付としての傷病手当金と、併給調整後の老齢年金の金額を合算して考えることになります。
どちらも個別の報酬額や年金額によって結果が変わるため、実際の金額を確認したいときは、加入している健康保険や年金事務所、あるいは専門家に相談しておくと安心です。
- 同一の傷病等を理由に老齢年金を受け取っていないか
- 老齢年金の額と傷病手当金の額、どちらが高いか
- 継続給付を受けられる資格要件を満たしているか
傷病手当金や年金の状況確認方法
令和元年6月(本格運用は同年10月以降)から、マイナンバー情報連携により、申請者から書類の提出を受けなくても年金の受給状況を確認できる仕組みが整えられています。
確認できる内容には、年金受給権の有無や発生日、年金額、支給状況のほか、障害年金の初診日・等級・傷病名などが含まれるとされています。
ただし、傷病手当金の傷病と障害年金の傷病が同一のものかどうかまでは、この仕組みだけでは判断できないとされています。
自分の受給状況を正確に把握したい場合は、加入している健康保険や年金事務所に直接問い合わせるのが確実です。
受け取った通知書や申請書の控えは、後から確認が必要になった場合に備えて保管しておくと安心です。
- 在職老齢年金による年金の調整について:年金事務所またはねんきんダイヤル
- 傷病手当金と老齢年金の併給調整について:加入している健康保険組合または協会けんぽの窓口
- 継続給付の資格要件について:退職前に加入していた健康保険の窓口
傷病手当金と老齢厚生年金についてよくある誤解
在職老齢年金の対象になっていても、傷病手当金まですべて調整されると誤解している人もいますが、この2つは対象になる場面が異なる調整です。
反対に、退職して継続給付を受けていれば年金との調整は一切関係ないと考えてしまうケースもありますが、同一の傷病等で老齢年金を受け取っていれば、退職後でも併給調整の対象になり得ます。
また、年金の受給開始を遅らせれば傷病手当金への影響を完全に避けられると考える人もいますが、老齢年金の請求時期や受給権の発生時期によって扱いが変わる場合があるため、個別の状況に応じた確認が欠かせません。
反対に、在職老齢年金の基準額を超えていなければ調整は一切発生しないと考えるのも早計です。将来的に基準額が改定されたり、報酬額が変動したりすれば、調整の有無や金額が変わることもあります。
よくある質問
- 傷病手当金を受け取りながら老齢厚生年金も満額もらえますか?
- 状況によって異なります。在職老齢年金の基準を超えなければ老齢厚生年金は満額に近い形で受け取れる場合がありますが、同一の傷病等で老齢年金を受け取っていると判断されると、傷病手当金側が併給調整の対象になる場合があります。
自分のケースがどちらに当てはまるかは、加入している健康保険や年金事務所に確認しておくと安心です。
- 在職老齢年金の支給停止基準額はいくらですか?
- 令和8年4月からは65万円です(改正前は月51万円)。
老齢厚生年金の基本月額と総報酬月額相当額の合計がこの基準額を超えると、超えた額の2分の1に相当する年金が支給停止になるとされています。
- 退職して傷病手当金の継続給付を受ける場合、老齢年金との調整はどうなりますか?
- 同一の傷病等を理由に老齢年金を受け取っている場合、年金が優先され、傷病手当金は原則として調整の対象になるとされています。
老齢年金の額が傷病手当金の額に満たないときは、その差額が支給される場合があります。
- 障害年金との調整と、老齢年金との調整は同じ考え方ですか?
- どちらも年金が優先されるという点は共通していますが、障害年金・障害手当金との調整は「同一の傷病等による」ことが条文上の要件として明記されています。
老齢年金との調整については、この要件がどこまで及ぶのか資料によって読み取り方が分かれるため、詳しくは健康保険の窓口に確認することをおすすめします。
- 遡って年金の受給が決まった場合、傷病手当金はどうなりますか?
- 本来調整されるべきだった期間の傷病手当金が過払いとなり、返納を求められることがあります。
実際に協会けんぽの実績でも、老齢年金・障害年金に関する過払い債権が一定数発生しているとされています。
まとめ
傷病手当金と老齢厚生年金が同時に関わる場面には、在職老齢年金による年金自体の調整と、傷病手当金と老齢年金の併給調整という、性質の異なる2つの制度があります。
最後に、今回のポイントを振り返ります。
- 在職老齢年金は、厚生年金に加入して働きながら老齢厚生年金を受け取る場合に生じる調整
- 併給調整は、傷病手当金の受給者が同一の傷病等で老齢年金を受け取るときに生じる調整
- 在職中と退職後とで適用範囲が異なる可能性があり、公開資料だけでは明確に判断しづらい部分もある
- 遡って年金が決定すると、傷病手当金の過払い・返納が生じることもある
在職老齢年金は、傷病手当金の有無にかかわらず、報酬と年金額の組み合わせによって生じる調整です。
併給調整は、同一の傷病等を理由に老齢年金を受け取っている場合に、年金が優先されて傷病手当金が調整される場合がある、という考え方に基づいています。
在職中と退職後とで、どちらの調整がどこまで及ぶのかは資料によって明確さが異なる部分もあるため、判断に迷う場合は健康保険の窓口や年金事務所に確認しておくと安心です。
特に60代前半で働きながら病気やケガによる療養が必要になった場合は、在職老齢年金の基準額と、老齢年金の受給状況の両方を意識しておくと、見通しを立てやすくなります。

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